Author洗顔パウダー

ベテラン人生員に贈るスポーツのススメ3〜心の健康も考えよう!〜

さーて、何だか第3回になってしまいました。
身体は歩いたり、スクワットしたり、肩を回したりと全体的に鍛えれば基礎代謝が上がり、スポーツをする、運動をする、体を動かす事にいろんな考え方が歴史的にもあるという事がわかりました。これはスポーツをススメる上で極めて重要でありますが、あと一つ「心」が残っています。今回は「心の健康も考えよう!」と題して「ベテラン人生員に贈るスポーツのススメ」を締めくくろうと思います。

スポーツをするということは、心の健康にどのように関係しているのか?
運動やスポーツをすると脳から産出されるホルモンにとても影響があります。科学的に証明されていることは、運動すると神経伝達物質である「セロトニンエンドルフィン」が増加する事がわかっています。
セロトニンは幸せ感が深まり、ポジティブな感情が生まれてきます。このセロトニンは実はリズミカルな運動をするとよく産出されます。例えば音楽を聴きながら歩いたり走ったり、物を噛むのにリズミカルに噛んだり。リズムに合わせて体を動かすとセロトニンは出ると言われています。また、太陽に当たるとこれまたセロトニンが大放出。朝、ジョギングをしながら音楽を聴けばセロトニンに加えビタミンDも摂取できますので最高かもしれませんよ?あーもう幸せ。

まだ続きます。この「セロトニン」が変形して生まれるのが「メラトニン」です。このメラトニンは良い睡眠に繋がってきます。深い睡眠を誘発するメラトニン。ぐっすり深く寝ればストレスから解放される事でしょう。

そして忘れてはいけないのが「エンドルフィン」です。多少の痛みや呼吸の辛さなど感じなくなってしまう物質です。マラソン選手がよく体感する「ランナーズハイ」が有名ですね。本当に自分が幸福の世界に入っていくような、そんな感覚があるそうです。経験されている人も多いのではないでしょうか。運動が脳に与える影響と言えるかもしれません。

統計的にいうとスポーツ選手というのは何かを目標にトレーニングしますから、知らず知らずものすごいストレスがかかると思うのですが、もしそういう厳しい環境がなければ、楽しくトレーニングをするスポーツ選手ほど人生に幸福感を感じるという事なのでしょうか?近々、文部科学省のスポーツ庁に確認してみます。電話しました。(03-5253-4111) スポーツ庁ではアンケートはまだ行っていないとのことでした。

基本的にトップアスリートが怪我をするまでのめりこんでしまうのは、このエンドルフィンに出会いたいというのがあるのかも知れません。快感が伴うし、やりすぎるとそれが依存症に繋がっていくケースもある。これはスポーツにおけるマイナス面と言えます。

トレーニングのやりすぎをいい意味で解釈すればセロトニン、エンドルフィンの分泌を盛んにする。ということは、アスリートの技術やスポーツ選手が得た知識を一般的に転用されれば健康のためにコントロールされたエクササイズが可能になるという結果になります。

「ベテラン人生員に贈るスポーツのススメ1・2・3」をまとめれば、スポーツをするということは筋肉を増大させたり身体全体を鍛えたりするだけでなく、精神的にも健康をもたらし、かつ何よりも変えがたい幸福感が得られるという事になるのでしょう。

最後に余計な事を書きますが、先日「東京2020オリンピック・パラリンピック」が終了しました。オリンピックで大切な事って一体何なのでしょうか?それは私たち日本人の精神的な豊かさを増大させる事ではないでしょうか。テレビでは経済効果や予算的な報道が多いですよね。それも大事かも知れませんが、もっと大切なのは、素晴らしい音楽を聴く、声にならないほど美しい絵画を見ることと同様に、スポーツに接するということは一人一人の魂のレベルを上げることに他なりません。経済や社会に関係のない精神的インパクト、言い換えれば人間へのインパクトが体験できる、それがオリンピックだと解釈しています。

以上、「ベテラン人生員に贈るスポーツのススメ」でした。

ベテラン人生員に贈るスポーツのススメ2〜健康を保つためにスポーツをしよう〜

健康って一体なんでしょうか?
厚生労働省や医師会、薬品会社が絡む社会的な見方、
治療とメディカルというような科学的な見方でずいぶん変わってきます。
体の健康?心の健康?なんて考えていると、健康ではなく「健考」が正解かもしれませんね。

本題に入りますが、まず疑問をあげてみました。
「健康を保つためにスポーツは必要なのか?」
誤解を恐れずに言えば、まずスポーツは生活そのものには特に関係がない。
「気晴らし」程度にはなるけど、スポーツは専門の人がやるものだと言えるかもしれません。
ただ、この「気晴らし」程度の活動が非常に大事なのです。

気晴らしと考えれば、家にいる、机に座っているばかりではなく、
まずは「気晴らしに歩く」ことをしましょう。
体の一番大きな筋肉は足にありますので歩く時も大きく手を振りスピードをあげましょう。
運動の量と質をさらに高める事ができます。
そういうことをしていると、体が暖かくなったり、爽快感が生まれたり、いいことづくめです。
それは体の中に「変化」が起き始めているからです。
「変化」に慣れてくると「アクティブレスト」と言って血流を改善させたり、筋肉痛を緩和させたり、疲れている時に体を動かすことによって疲労が取れたり、不思議な体験ができます。

そしてボクシング要素に大切なこと、肩甲骨や肩を使うことを「気晴らし」程度にやってみましょう。
肩の周りの筋肉を使う、追加してスクワットをして足腰を鍛えましょう
スクワットは太ももという大きな筋肉を鍛えるためダイエットにも抜群の効果をもたらします。

余談1:筋力って何なの?
筋肉というのは以下の3につ要約できます。
◯大きな力は出ないけれど、長時間続く筋肉、
◯力は大きいけれど、持久性が乏しい筋肉、
◯そしてその中間の筋肉。
ボクシングは、持久的なトレーニングと瞬発的なトレーニングを一緒に行いますので、
何より大事な「中間的な筋肉」がつき、オールマイティに対応できます。

1日に消費される6割〜7割は基礎代謝です。そして基礎代謝の4割は筋肉で消費されます。
よって筋肉が増加すれば増加するほど基礎代謝が大きくなるので体も暖かくなり免疫効果が上がり、
また太りたくない人はカロリー消費にも繋がりますので肥満防止にもなります。
体に元気がない人が積極的に運動すれば、筋肉がつき元気がみなぎり、
消化が悪い人であれば消化力も上がり、心臓にも余力が出て、
この「気晴らし程度の運動」からもたらす体の変化は絶大なものになるのです。
そしてその変化は「気晴らしボクシング」から得ることが出来ます。

※基礎代謝とは呼吸、心臓運動、内臓運動、筋肉への血液循環など生きているだけで消耗するエネルギー。

余談2:女性と男性の筋肉は?
男性は男性ホルモンによって筋肉に大きな影響を与える傍ら、女性は同じ筋トレをしてもなかなか増えません。
ですが女性にとっても筋肉はとても重要です。
フレイル」という言葉をご存知ですか?
高齢化による筋肉の衰えをなくし、健康寿命を伸ばそうという国家プレジェクトです。
ちょっとした段差のつまづきやよろけは筋肉の低下が原因でもあります。
この「フレイル」の状態を避けるようにいたしましょう。

今回はここまでにしましょう。
次回は「ベテラン人生員に贈るスポーツのススメ3〜心の健康も考えよう!〜」です。

「ベテラン人生員に贈るスポーツのススメ1」〜スポーツの語源など〜

東京2020オリンピック・パラリンピックが大成功で終わった!
日本人が大活躍したオリパラだったがそれがいい。
今回のオリンピックは「東北の方々を元気にさせる」事だったと思う。
これで日本全体が元気になればもっと良いが…

今回からシニア向けにスポーツのススメをお送りいたします。
ジムのIさんからご提案いただいた題材です!ありがとうございます!
まずは「ベテラン人生員に贈るスポーツのススメ1」と題し、
スポーツの語源など調べてみました。

スポーツというのは元々は「自由な遊び」だったようです。
「s」のついていない「Sport」は古代フランス語で「気分を転じさせる」という意味です。
ラテン語で言うと「deportareデポルターレ」と言い「港から離れる」こと、
すなわち「日常から離れる」と言う意味で、非日常に変わるという事。
気分を変えるような事であれば全て「Sport」です。

不可算名詞である「Sport」は気分を転じさせる全般を示す概念的な言葉です。
時間が経つにつれ、フランスからイギリスに渡り英語になっていきますが、
遊び全般の中でも、競技、ゲームなどそれぞれが数えられるようになっていく。
したがって「s」が加わり、それが可算名詞「Sports」となりました。
日本は明治時代に西洋から数えられる状態の「Sports」で伝えられてきたので「スポーツ」として現在に至っています。

余談:スポーツマンとアスリートの違い
スポーツマンは文字通りスポーツをする人として語る言葉ですが、
最近では「アスリート」と呼ぶ方が多いかもしれません。
ググってみると、「アスリート」もスポーツや他の身体運動に習熟している人として紹介されていますが、ちょっと深掘りしてみました。
元はギリシャ語でAthletic(アスレチック)で意味は「賞金を目当てに競技する人」です。ですので「アスリート」の本来の意味は「競技で何かを目当てにすること」なので、「スポーツマン」との意味合いは全く違うという事がわかりました。

「スポーツマン」:スポーツをこよなく愛し、競技する人
「アスリート」:商品、賞金を目当てに競技する人
プロ選手は「スポーツマンアスリート」が正式かもしれませんね。

今回からの「ベテラン人生員に贈るスポーツのススメ」は、
スポーツも念頭に置いた上にエクササイズもススメたいと思います。
エクササイズは体を動かすという目的が決まったジャンルです。
勝とうと思うが故に怪我をするまでのめり込んでしまうのが「スポーツ」なのだとしたら、
「エクササイズ」はやりすぎて怪我をしないのが目的でもあるため、
HSBの会員さまはボクシングという「スポーツ」もしかり、ボクシングという「エクササイズ」も楽しんでいただけたらと思います。
「ボクササイズ®」という言葉がありますが、HSBの「ボクササイズ®」はやりすぎて怪我をせず楽しんでいただくという基本理念で行っております。

長くなって疲れたので今回はここまでです。
次回は「ベテラン人生員に贈るスポーツのススメ2〜健康を保つためにスポーツをしよう〜」です。

※ボクササイズ®は有限会社ボクササイズ協会さまの商標登録です

死の二面性

先日、ボクシングの恩師、宍戸典雄会長が亡くなった。突然の訃報だったので驚いたが、冷静に考えると訃報というのはいつも突然ではある。

小平にあったシシドボクシングジムはお世辞にも綺麗なジムではなかったが、練習後のシャワー室で飲む水道水は世界一美味しかった。
ジム末期にはトレーナーが一人もいなくなってしまい、当時練習生だった僕がトレーナーをやらされた。(半ば強引に)
木内さん(久米川にある久米川木内ボクシングジム会長)がトレーナーとしてやってくるまでの一年ほど経験させてもらったが、それはそれは良い勉強になった。
重要なことはノートに書かされた。脳梗塞を患ったため言葉が聞きとれにくかったが、とても楽しかった。
宍戸会長はいつも勉強していた。ボクシング技術的なものだけでなく、コミュニケーション技術、心理的技術など、それに関する本が机の上に置かれて読まれていた。散らかった机周りだったけど、散らかり方が会長らしくていい。

IMGP0304(撮影:中村) シシドジムのなんとなくの全景 原田くんがチラッと見える

IMGP0306_1(撮影:中村) シシドジムでの最後のスパー大会 顔出しNGな人、お申し出を。。。
IMGP0307左が宍戸会長 右が亡くなった小川くんのおじいちゃん(HSBのリング設営など大変お世話になりました)
IMGP0292(撮影:中村)  輪島会長がとある理由で平野会長と金子会長と一緒に尋ねてきた日。諸々問題あったらご指摘ください。中央後ろに若き日の小川くんが!!小学生のノコちゃんも

宍戸典雄会長のご冥福をお祈りいたします。

シシドジムの回顧録はまた別の機会に書くとして、人間50をすぎてくると訃報も多くなってくる。
その度に自分の性格上頭によぎるのが「死後の世界はあるのか、ないのか」。
科学的には死後の世界はないと考えられると思うのだけど、科学では説明できない部分もあるのではないかな。
宇宙は多重宇宙であり、その物質が実際に存在する。死んだ後、物質が例えば別の宇宙に転換された場合、もうこの宇宙では観測できない。
よって科学ではもう説明できないのである。これが死後の世界があるという考え方か?

死後の世界がないという考え方は、その時がきた瞬間に五感が完全に失われるから「死」を認識できない。
「死」は五感がある今生きている人間にとっては「ある」のだけれど、死んだとたんの人間にとっては「ない」。
睡眠を例えるなら、眠った瞬間というのはどうだろう、眠る瞬間がわかる人はいないだろう。後になって「あーいっぱい寝た」だとか「寝足りない」とか思う。終わった数秒後に「寝た」と認識できるのは生きているからであって、死んだら死を意識することはない。

「死」は通常の生物活動と一緒。寝たり起きたり、あくびしたり水飲んだりご飯食べたりすることと一緒。

ということは死後の世界が「ある」場合と「ない」場合を考えてみても、死自体というものが訪れることはない。
それは現実に自分に訪れるのではないかと思っている生きた人が思うことであり、実際には死を「経験」する事は絶対にできない。
だから死というものを検討する必要がない、考える必要がないのだ。
よって哲学、宗教の主要課題である「死」というものは本来題材にもならないのではないかな。生きている人にとって架空のものだから。

宍戸会長に聞いてみたいよ。今どこにいるのーって。

終戦の日に思うこと

自分はたまたま人間に生まれた。
人間に生まれようとして生まれてきたのではない。
たまたま全生物の中で戦争のない、そして幸せな現代の日本人として生まれた。
蚊に生まれたら叩かれて既に死んでいたかもしれない。
アリに生まれたら踏まれて既に死んでいたかもしれない。

これは定めなのでしょう。
富豪でも乞食でも長寿でも早逝でも、運が良くても悪くても、
この世というものを経験する事ができたなら、それで満足と感じたい。

寿命はいずれの日か尽きるのだから急ぐ必要はない。
その時はその時で仕方ない。